名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)863号 判決
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〔判決理由〕一、本件事故の発生と被告の責任
(一) 原告が、昭和四二年六月八日午後四時頃、名古屋市南区豊門町一丁目三四番地の幅員約四米の道路を、被告会社所有、同会社運転手藤木治朗運転の営業用普通乗用車に乗客として乗車し、時速約三〇キロメートルで走行中右運転手が急停車をしたことは当事者間に争いがない。
(二) つぎに<証拠>によると、本件事故の態様はつぎのとおりであつたことが認められる。すなわち、藤木は原告を乗せ走行中、進行方向に向つて右側の路地二米ほどの距離から黒つぽい中型犬程度の大きさのものが出たのでとつさに急ブレーキを踏んだ。すぐ確認したところ、それは中型犬程度の黒つぽい犬で、くさりにつながれており、自車走行道路面上には出ていなかつた。また急停車のさい、後部座席にいた原告は、はずみで、運転手後部の防犯ガラスに左顔面部をぶつけた。そして、<証拠>を合わせ考えると、原告は前認急停車のさいの急な首部の前後屈運動のため、事故後次第に頸部痛、手指のふるえ、手指屈伸遅鈍、握力低下などの鞭打ち症状を起こし、診断の結果頸部挫傷と認定された。……この点について、被告は、右症状は、原告が事故前からかかつていた肺結核からくる症状であり、本件事故と無関係である旨主張するが、この主張を認めめるに足る証拠はない。
(三) 被告は、本件事故について、訴外藤木の運行上の無過失を主張するが、これを認めるに足る証拠はない。すなわち、前記争いのない事実と認定事実を合わせ考えると、本件事故現場は市街地で幅員約四米のせまい路地であり、道路両側の人家などから、急に人間、動物などが飛び出すことも充分予想できるところである。したがつて、運転者としては、常に右のような事態を考え、その場合急停車して、衝突を回避するとともに、他面急停車により乗客の負傷を招くことのないよう、あらかじめ事故回避に必要な減速、徐行をし、かつ障害物の種類、挙動を注視し、それによつて、臨機応変の処置をとる義務があるものというべきである。本件事故時は、六月八日午後四時頃で、まだ障害物の識別、挙動も充分認織しえたと考えられ、しかも犬は進行方向右側路地でくさりにつながれ、走行路面上には出ていなかつたのであるから、急停車の措置が必要であつたとは直ちにいえないし、かりに反射的に急停車するのがやむをえないとしても、急停車による衝動で乗客に負傷させることのないよう減速、徐行する余地はあつたと考えられる。したがつて、いずれにしても訴外藤木が運行について無過失であつたとは認められない。なお、この点について、被告は、本件のような状況での事故は通常発生せず、これは原告が乗客としての最少限度の注意義務を欠いた自招の過失によるものである旨主張するが、原告が、当時不安定な姿勢であつたと認めるに足る証拠もないし、また乗客である原告に対し、急停車による事故回避義務を要求するのも相当でない。すなわち、本件事故について、原告に過失があつたと認めることはできない。
(四) かようなわけで、訴外藤木が、本件運行に関し、無過失であつたとは認められないし、また本件事故と原告の頸部挫傷の受傷とは因果関係がある、と認められるところ、被告会社が本件加害車を所有し、かつ本件事故は、被告会社の従業員藤木治朗が被告会社のためタクシー業務に従事中のものであることは当事者間に争いがないところである。したがつて、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条と民法七一五条により、原告の受けた損害を賠償する責任がある。
二、労働力低下による逸失利益
一八三、三〇〇円
<証拠>によると、本件事故による休業後の前記勤務先での月収は、労働能力低下のため職務手当など月額三、〇〇〇円が減額され、また原告の通常の勤務成績からすると昭和四二年九月に少くとも五〇〇円の定期昇給があつたと考えられるから、本件事故のため結局合計月額三、五〇〇円、年間四二、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したと認められる。ところで、右のような能力喪失の期間として何年を相当とするかは、きわめて困難であるが、<証拠>によれば、頸部挫修の後遺症(鞭打ち症)として、労災補償保険基準九級該当と認定されており、また<証拠>によれば原告の後遺症状はかなり長期間続くものと認められる。しかし、他面原告には本件事故前から左肺に直径三センチメートルの空胴のある結核にかかつており、医師から入院をすすめられていた状況にあつたことは<証拠>によつて明らかであり、したがつて原告の稼働能力の低下回復については、本件受傷と無関係な右結核によるものもあることは無視できない。以上のような諸般の事情を考慮し、原告の本件事故による労働能力喪失期間としては、五年を相当と考える。そこで前記年額四二、〇〇〇円の労働能力低下による喪失額を基礎とし、原告の職場復帰後の昭和四二年一二月一日から五年間の逸失利益について、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、その現価は、一八三、三〇〇円となり、これが労働能力低下による損害と認められる。(加藤義則)